シナピス運営委員 西口信幸
ガザの報道では常に、事実の一部を切り取り、真実を伝えようとしない報道がされてきました。停戦後の人質交換のやりとりでも事実を誤認させる報道がされていますが、トランプ大統領の出現により、多くの報道が犯している大きな過ちが二つあるように思います。
ひとつは、「占領」という事実に目を向けずイスラエルに片寄った報道であること、もうひとつはトランプ大統領の思いつきのような突飛な発言が用意周到な戦術に基づいた綿密な計画であることへの理解への欠如です。人質交換において何が起きていたのか、そしてトランプ発言の裏で何が行われているのか、を通して「ガザの今後」を考えてみたいと思います。
人質交換において何が起きたのか?
NHK報道より(2月11日から14日):
先月19日から続いてきた停戦、人々は破壊された土地で生活を立て直そうとしています。そうした中、復興の行方を左右する停戦合意事項である「人質解放」を“延期”するとしたハマスの発表に対して、イスラエルは激しく反発して「次の戦争は地獄の門を叩くことになる」と強くけん制、予断を許さない状況が続いています。エジプトなどの調整によりハマスは一転して、予定通りの人質解放となりました。一方イスラエル報道官は厳しくけん制、双方が鋭くけん制する中、停戦合意が着実に履行されるのか不透明な状況が続いています。
国連OCHA(人道問題調整事務所)が伝えている事実:
1月19日以降、29回の空爆、9回の地上侵攻、92人の民間人殺害、家屋の破壊、燃料、援助物資、テント、仮設住宅、重機の搬入不許可、援助活動の妨害など、イスラエルの停戦合意違反は270件、西岸地区の強制移動、侵略、破壊活動、襲撃事件が報告されています。
ハマスは停戦後、実に忠実に合意事項を実施していました。ここで多くを語ることができませんが「イスラエルは停戦合意違反を繰り返した。」の一文が必要であり、次のステップに向かう前に合意事項の実施を要求することは当たり前なはずです。 「報復の連鎖」という言葉の前に「イスラエルによる暴力、占領、抑圧、支配」が最初に来ないと真実は見えてきません。
北ガザの「将軍たちの計画」で南部に追われ、故郷にもどるためネツァリム回廊の南端で待っていた人々は、1月27日のトランプ「ガザからの追放」宣言を受けて毅然とした民衆の意志を示します。50万人を越える人たちが北を目指して帰還の大行進をおこなったのでした。
爆撃を受けるネツァリム回廊で待つ人々
50万人のガザ北への帰還の大行進
勝利の喜び Gaza is not for Sale
しかし戻った先で待っていたのは我が家の完膚なき破壊、数千人とも言われる瓦礫の中に埋もれた家族を救うこともできず、路上には白骨化した人の死体、そして寝るところもない路上生活、水も食料も電気もない生活でした。それでも家族を殺される中で生き残った人たちの、故郷を捨てない決意は固いのです。遺体掘り起こしのための、そして復興のための重機、テント(20万張りに対して現状2万)、仮設住宅、燃料、水などの最重要物資の搬入妨害など、国連機関の要請が通らないまま、「人質解放の延期」は停戦合意違反を世界に知らしめる最後の手段でした。
2月14日、やっとテントは検問を抜けましたが、仮設住宅、重機についてはまだ留め置かれています。それでも妥協して次の捕虜を解き放つことになりました。なぜ、ガザの人々が声を出すこともなく苦難を強いられているのか、イスラエルの非人道的なジェノサイドを世界は報道しないのか、理解できませんが、これが1948年から77年間続いてきたことなのです。
瓦礫の山の上で復興を目指す
やっと搬入許可されたテント
人質解放後も検問所で待機する重機、仮設住宅
ネツァリム回廊
ヨルダン川西岸地区ジェニンへの空爆
ジェニンへの侵攻、2万人の強制移住
トランプ発言の裏で何が行われているのか?
ガザを破壊したのはイスラエル、武器と後方支援をおこなったアメリカです。1兆円を越える兵器、ヒロシマ原爆6個分の爆弾を落とした結果であり、戦争犯罪の訴求とは別に補償責任があります。モノに執着するトランプ氏は「地獄」と言います。しかしながらガザの人々にとってはどんなに破壊されても1948年に奪われ残った土地を守り続けた、離れることができない「愛する故郷」と胸を張って言います。トランプのリビエラ発言は土地に根を張って生きている人々の、世代を超える魂(SOUL)を理解していません。
トランプ氏は、突飛と思われる発言も繰り返すうちに民衆が麻痺して次第に順化していくことをよく知っていて、様々な手段を使って繰り返し、実施可能な状況を作り上げています。
停戦を破棄して10月7日のような非道な爆撃をしても、世界は「ああ、またか」という反応を示すだけ、抗議をして終わるよう導こうとしています。恐怖を与えて50万人の北ガザ住民を南部またはレバノンに強制移動できれば、あとは雪崩を打ったようにガザの無人化、次には西岸北部のジェニンを、という民族浄化への歩みに踏み出せます。1948年のイスラエル建国前にパレスチナのディルヤシーン虐殺による80万人の民族浄化(ナクバ)の再現になる可能性があります。
以下はネタニエフ首相の次のステップとされるものです。
(1)10月7日にハマスが分離壁を突破しても何の反応も示さない。
(2)これを口実に何万人もの大量虐殺を行い、トランプ氏の「建設現場」を作る。
(3)そこには誰も住むことはできない。パレスチナ人は他の国に移住させなければならない(ガザの土地を民族浄化する)。
(4)イスラエルは、アメリカユダヤ人協会のミリアム・アデルソンのトランプへの1億ドルの支援によって、入植を推進し、占領下のパレスチナ西岸地区を併合する。
(5)ガザをイスラエル人のための海辺のリゾート地として再開発する。
(6)大イスラエルの確保に着手し、エルサレムのイスラム教神殿(アルアクサモスク)をユダヤ教の「ソロモン神殿」に置き換える。
すでにガザを人の住めない土地とする(2)ステップまで進んでおり、「将軍たちの計画」は(3)ステップの最初の作戦として停戦前の3ヶ月、北ガザ住民を追い出して実施されました。停戦によって帰還を果たしたガザの人々に対してその意思を挫く策動をいつ、どんな形で起こすのかが、イスラエル、アメリカで今、協議されています。
完全に方向性の一致しているトランプ政権の対パレスチナ政策は、ガザの人々の意思を挫くためできる全ての「外堀を埋める」施策を躊躇なく大統領令として発行しています。拠出金額で圧倒的な力を持つアメリカの決定はガザの人々の強い意志を砕くだけの力があります。ガザ市民の移動先とされるヨルダン、エジプトへの締め付け、アブラハム合意(アラブ諸国とイスラエルの国交)の最重要国であるサウジアラビア、UAEへの利益供与による取込み作戦は水面下で進んでいます。
今や、イスラエルとアメリカは一心同体です。
これだけ用意周到に力を持っているアメリカが全方位でその力を使い、圧力をかけている今、イスラエルに供与された武器が使われるのか、ではなく、いつどんな口実で使うのか、です。
ガザの復興を不可能にする状況を作り出しながら、「人質の全員解放」、「ハマスの解体」という世論を作り出し、今まで通り「ハマスが・・・」という流れの中で殺戮と破壊を開始するのではないかと思われます。